昨夜豐隆子と森川町を散歩して草花を二鉢買った。植木屋に何と云う花かと聞いて見たら虞美人草だと云う。折柄小説の題に窮して、予告の時期に後《おく》れるのを気の毒に思って居《お》ったので、好加減《いゝかげん》ながら、つい花の名を拝借して巻頭に冠《かむ》らす事にした。
 純白と、深紅《しんく》と濃き紫のかたまりが逝《ゆ》く春の宵《よい》の灯影《ほかげ》に、幾重《いくえ》の花弁《はなびら》を皺苦茶《しわくちゃ》に畳んで、乱れながらに、鋸《のこぎり》を欺《あざむ》く粗《あら》き葉の尽くる頭《かしら》に、重きに過ぎる朶々の冠《かんむり》を擡《もた》ぐる風情《ふぜい》は、艶とは云え、一種、妖冶な感じがある。余の小説が此花と同じ趣《おもむき》を具うるかは、作り上げて見なければ余と雖《いえど》も判じがたい。
 社では予告が必要だと云う。予告には題が必要である。題には虞美人草が必要で――ないかも知れぬが、一寸《ちょっと》重宝《ちょうほう》であった。聊《いさゝ》か虞美人草の由来を述べて、虞美人草の製作に取りかゝる。
   五月二十八日
[#地から2字上げ]漱石